「家庭内別居中の過ごし方|お正月アウトレットに3人で行って会話ゼロだった話

あやのひとりごと

春に夫の不倫が発覚してから早半年以上、我が家は一つ屋根の下で暮らしながら
家庭内別居を続けていた。

家庭内別居中の1日|凍りついた家の空気

我が家の一日は、夫が5:30に起き、前の日に予約されて乾燥まで仕上がった洗濯物を片付ける。(私と娘の分はたたまず、乾燥機に入れっぱなし。)

これは、違和感の記事にも書いたが、不倫を始めてから急に洗濯を自分がやると言い出した。
下着を見られたくないからに違いないと最近気が付いた。

6時ちょっとすぎに、夫が出かけたのを見計らって、私が起床。娘を起こす。

夜は、だいたい、23時から24時過ぎか、あるいは無断外泊(怒)

土日も朝は同じで、昼間は不倫相手の倫子(りんこ)とデートしてるか、どこかに出かけて時間をつぶして夜遅く帰ってくる。

同じ時間に不運にも顔を合わせそうなときは、
夫が1Fにいるときは、私と娘は2Fにいるようにしていた。夫が2Fなら私と娘は1Fという具合に常に違うフロアに居るようにしていた。

万が一顔を合わせてもお互いを空気のように(悪い意味で)無視し、
居ないかのようにふるまう。夫がたまに娘に話しかけることもあるが、ぎこちない。

家の中の空気が、カチンと凍っているような、何とも言えない空気だった。

家庭内別居中に不眠症になった話

夜も、夫が帰ってくる頃にはベッドの中にいるが、
音がすると耳で何をしているのか追ってしまう。

「あ、お風呂に入った」

「なんか電子レンジでチンしてる」

「いびきかいてる」

「寝てるんだな。」

気になって仕方がない。そうこうしているうちに、眠れなくなり、私は不眠症になっていた。

夫に早く家から出て行ってほしいのに、なぜか出ていかない。

こんな生活を続けるなら、既に夫と別居中だった 倫子の所へ行けばいいのだ。

なぜ出ていかなかったのか|不倫された側が避難する理不尽

弁護士のR先生からは、家庭内別居が辛いなら物理的に離れるべきです。
夫が出ていかないのなら、あやさんが出ていくとかしないと、ずっとつらいですよ。
と言われていた。

しかし。
何で不倫された側が、環境を変えなければならないのか?
おかしくない?
不倫した方が出ていけばいい。と圧倒的に思っている。

何でこっちがそんな面倒な思いをしなければならないのか?
意味がわからない。
なので、私は絶対に出ていかない。
と決めていた。

出ていかない夫が悪いのだ。

家庭内別居×慰謝料請求中に迎えた年末年始

そして迎えた年末年始。
10月に初めて慰謝料請求の内容証明を送ってたのだが、一度返答があって、すぐその返事をした。11月の最初のことだ。しかし、そこから2ヶ月間、1度も相手弁護士から連絡がなく年末年始を迎えたのだ。

家庭内別居で、慰謝料請求している状態で年末年始を一つ屋根の下ですごす。
想像しただけでもかなりの地獄絵図だ。

地獄なので、夫はどこか1人で行くのだろうと思っていた。なので予定も聞かなかった。
しかし、倫子が実家にでも帰ったのか、
ずっと家にいるではないか。

私と、娘で実家に帰っても良かったが、そんな元気もないし、どうして私たちが避難しなければならないの?(←常にその思考)冗談じゃないわよ。

夫は一日中テレビを見て、酒を飲んでひっくり返っている。

お正月なので、仕方なく、お雑煮だけ作ったが、夫は手も付けなかった。

そんな胃の痛くなるような年末年始を過ごしていた。

お正月にアウトレットへ|会話ゼロの家族外出

新年2日。

娘が「ねえ。アウトレット行かない?」と夫に提案。

「いいよ」と夫が言う。

娘が「お母さんも行くよね?」

「え?」っと思ったが、

娘がもう3人で行く前提で話している。

仕方なく、夫を運転手と割り切って、半年以上ぶりに
家族3人で外出をした。

しかし、現地では完全別行動。

フードコートでも、私が並んでいるうちに、食べ終わり、夫はひとりで
どこかへ行ってしまった。

それでも娘は楽しそうにしていた。

娘に申し訳なくて
私は何も見る気になれず、
ただただ混雑したお正月のアウトレットを
娘について足が棒になるほど歩き回った。

見渡せば、家族で仲良さそうに買い物をする人たちばかり。
お正月の華やいだ気分と
自分との状況の落差に悲しくなって
ちょっとだけ涙が出てしまった。

娘に見られないようにトイレに行ってくるねと言ってごまかした。

車のトランクにデート用の服

死ぬほど疲れて帰りたいのに、夫にどこにいるのかLINEで聞いても返信がない。
もう疲れたので、車で待って居よう。
という事になり
車に戻ると、すでに車で爆睡中の夫。

車のトランクにはデート用なのか、服をいくつも購入しているよう。
最低。

連絡くらいしてよ!
と言いたかったが、なんかもう夫に対して言葉も出ないのだ。

もう何も期待していないけど
せめて、娘の前では普通にしてほしい。

そんな最悪な気持ちで帰ってきた。

娘はわかっていた|子供の気持ちに気づいた日

娘には申し訳なさからいろいろ買ってあげた。
すごく散財したのを覚えている。

今思えば、娘はけなげにも両親の中を取り持とうとしていたのかもしれない。

急に変わってしまった父親への寂しさ。
両親に仲良くしてほしい、何とか前のように戻ってほしい。
そんな気持ちから、以前よく3人で行っていたアウトレットに行こうと言ったのだろう。

申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

家庭内別居を2年半続けて気づいたこと

我が家の場合はある程度の年齢だったからか
娘に表立った影響が出なかった。
表立ってないだけで、その心に影を落としてしまったのは間違いないと思う。
我慢しすぎ、意地を張りすぎるのも問題だったのかもと、後で反省した。

家庭内別居は、その後も続き、2年半弱にも及んだ。
最終的には夫が出ていく形となった。

今は、娘と2人で笑って、同じ家で暮らしている。
あの年末年始が、嘘みたいだ。

家庭内別居中の方へ
辛い状況の中で
出ていかない選択も、出ていく選択も どちらが正解かは人それぞれ。
私は我慢してしまいましたが、
自分と子供の心と体だけは守ってほしいなって思います。

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あやの離婚ロードマップ

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