夫の不倫が発覚して、私は離婚した。
今ならそう一言で説明することもできる。
でも実際はもちろん「不倫された。はい、じゃあ離婚!!」
とその場で決めたわけではなかった。
長く一緒に暮らしてきた夫との結婚生活を終わらせること、
娘とのこれからの生活、住まい、お金、学費、財産分与、養育費。
考えなければならないことは次から次へと出てきた。
当時の私には、それらすべてが「離婚するのか、しないのか」
という一つの大きな問題に見えていた。
早く答えを出さなければいけないようにも感じていた。
でも今振り返ると、私はある日突然「離婚」を決断したわけではない。
目の前に出てきた問題について一つ考え、一つ判断し、また次の問題について考える。
「判断」の連続だったのだ。
そして、その一つ一つ判断を積み重ねた先に、私の場合は「離婚」があった。
不倫が発覚しても、すぐに離婚一択にはならなかった
夫の不倫を知った時は大きなショックを受けたし、「もう無理だ」とも思った。
それでも、かつて大好きになり、長く一緒に暮らしてきた人であり、娘の父親でもある。
心のどこかに迷いは残っていた。
今だから言えるが、もし不倫発覚後の夫が心から謝り、家族を傷つけたことを認め、私や娘と本気で向き合おうとしていたら、私は許していたかもしれない。
だから私にとっては、不倫をしたという事実だけでなく、
その後に夫がどう行動するのかも大きかった。
誠心誠意、謝罪をして、家族と向き合うのか。壊してしまった関係を修復しようと努力するのか。
私にとってそこは大きなポイントだったと思う。
夫の態度を見る中で、結婚生活を続ける理由が減っていった
けれど、実際の夫は私が期待したような態度とはかけ離れていた。
反省や謝罪の言葉は一切なく、私と向き合おうともせず
「私のせいで不倫をした」という責任逃れの暴言の数々を私に浴びせてきた。
娘とも距離を置いた。やがて家庭内別居になり、ほとんど会話もしなくなった。
そんな状態が続く中で、私は少しずつ「この人と残りの人生を一緒に歩いていけるのだろうか」と考えるようになった。
最初は迷っていたが、夫の言動を見るたびに「やっぱり難しい」と思う出来事が積み重なっていった。
離婚への決意を必死に固めたというより、結婚生活を続ける理由が一つずつ減っていった
という方が近い。
気持ちだけでは離婚できなかった
一方で、「この人とはもう一緒にいられない」と思ったからといって、
すぐに離婚できるわけではなかった。
私には娘がいて、これから一人で生活を支えていかなければならない。
特に大きかったのは教育費だった。これから高校、大学とお金がかかる。離婚しても娘の進学を諦めさせたくはなかった。
住まいはどうするのか。住宅ローンはどうするのか。生活費はいくら必要なのか。財産分与や養育費はどう考えるのか。
私は「離婚したいか」だけでなく、本当に離婚して生活していけるのかも考えなければならなかった。
住宅ローンの借り換えの話👇
「離婚できない理由」を一つずつ減らしていった
まず、娘の教育費について調べた。
その中で給付型奨学金について知り、自分たちの場合も利用できる可能性があることが分かってきた。
もちろん、それだけですべてのお金の不安がなくなったわけではない。それでも、「娘の進学に道筋をつけられるかもしれない」と思えたことは大きかった。
住まいや住宅ローンについても調べ、財産分与や養育費についても考えた。弁護士にも相談し、自分でも何度も計算した。
少しずつ材料を集めていく中で、「これなら娘と二人で生活していけるかもしれない」と思えるようになっていった。
JASSO給付型奨学金について調べた話👇
自分に必要な離婚条件も整理した
私は、何もかも投げ出して、とにかく離婚したかったわけではない。
離婚後の娘との生活を守るために、譲れない条件があった。
何を求めるのか。どこまでなら譲れるのか。何を絶対に譲らないのか。
一つずつ整理していき、交渉を続け、
自分に必要だと思う条件を夫が受け入れる可能性も見えてきた。
ここまで来ると、「離婚したらどうしよう」という不安よりも、「これなら離婚できる」という
現実の方が少しずつ大きくなっていった。
感情と現実の両方が、同じ方向に進んでいった
今振り返ると、私の中では二つのことが同時に進んでいた。
夫の態度を見る中で、結婚生活を続ける理由が減っていった。
その一方で、教育費や住まい、お金、離婚条件を一つずつ整理する中で、
離婚できない理由も減っていった。
感情と現実の両方が、少しずつ同じ方向に進んでいたのだと思う。
離婚は、少しずつ答え合わせになっていった
夫の言動を見るたびに、「やっぱりこの人とは一緒にいられない」という気持ちは強くなった。
一方で、生活上の問題を一つ解決するたびに、「離婚してもやっていけるかもしれない」という感覚も強くなった。
今思えば、私は時間をかけて、自分にとってこの選択でいいのかを一つずつ確かめていたのだと思う。
離婚が客観的に正解だった、という意味ではない。
ただ、自分自身が納得して進むための答え合わせをしていた。
そして気づいた時には、離婚を迷う理由がほとんど残っていなかった。
感情と現実が一つ交差した。
「正解らしいもの」はたくさんあった
弁護士の先生・ネットやメディア・SNSで様々な意見・アドバイスがあった。
・娘が成人するまでは離婚しないで、婚姻費用をもらうのが得策
・離婚しないのが一番の復讐。
・人生の時間の無駄使い、さっさと次の人生を歩むべき。
・幸せになるのが一番の復讐。
当時の混乱していた私には、どれも正解に思えたし、どれも違うようにも思えた。
結局、誰かの正解をそのまま自分に当てはめることはできなかった。
「じゃあ、私の場合はどうなのか?」
そこまで落とし込んで冷静に考えられるようになるには、かなり時間がかかった。
「離婚する・しない」を今すぐ決めなくてもいい
今、離婚するかどうかで悩んでいる人は、
「離婚する」OR「離婚しない」という二択の答えを、
今すぐ出さなければいけないように感じているかもしれない。
私もそうだった。
でも今振り返ると、私はその大きな問いに一度で答えにたどり着いたわけではない。
相手ともう一度やり直したいのか。相手は家族と向き合う人なのか。子どもの生活は守れるのか。お金はどうするのか。住む場所はどうするのか。自分が譲れない条件は何なのか。
もっと小さな問いに分けて、一つずつ考えていた。
同じように考えた結果、「離婚しない」という答えにたどり着く人もいると思う。
どちらが正解という話ではない。
ただ、大きすぎて答えが出せない時は、問題を小さく分けて、
今の自分が判断できることから考えていく。それでもいいのだと思う。
離婚も、小さな判断の積み重ねだった
振り返ってみると、離婚は一度の大きな決断で決めることはできなかった。
目の前のことを一つずつ考え、その都度、自分なりの答えを出してきた。
その積み重ねが、最後に「離婚」という形になった。
考えてみれば、人生そのものが小さな判断の積み重ねでできている。
離婚も、その中にある大きな選択の一つだっただけなのかもしれない。



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